老後にいくら必要なのか、漠然とした不安はあっても、自分の数字で考えたことがない。そんな状態でネット検索をすると、「老後資金シミュレーション」というツールがいくつも出てくる。無料で使えるもの、金融機関が提供しているもの、入力項目が数個で終わるものから、細かく条件を設定できるものまで幅がある。どれを使えばいいのか、そもそも数字はどこまで信じていいのか。今回はそのあたりを調べて整理してみた。
シミュレーションツールにも種類がある
まず気づいたのが、「老後資金シミュレーション」とひとくくりにされていても、作っている主体によって性格がかなり違うという点だ。
日本年金機構が提供する公的年金シミュレーターは、ねんきん定期便に記載された年金加入記録をもとに、将来受け取れる年金額の目安を試算できるツールだ。これはあくまで「収入側」の試算で、支出や資産形成の部分は扱わない。
一方、証券会社や保険会社が用意しているシミュレーションツールは、現在の貯蓄額・毎月の積立額・想定利回りを入力すると、65歳や70歳時点での資産額を試算してくれるものが多い。こちらは「資産形成側」の試算で、年金額とは別物として考える必要がある。
さらに日本FP協会のサイトには、生活費・住居費・医療費などを項目ごとに入力して老後の収支バランスを見るタイプのシミュレーションも用意されている。年金の試算、資産形成の試算、生活費の試算。この3つはそれぞれ別のツールで、1つのツールで老後資金の全体像がまるごとわかるわけではない、というのが調べてみてわかったことだった。
入力項目を見ると、前提の粗さが見えてくる
多くのシミュレーションツールで共通して求められる入力項目は、現在の年齢、退職予定年齢、現在の貯蓄額、毎月の積立額、想定利回り、そして老後の生活費だ。
ここで気になったのが「想定利回り」の扱いだ。年3%や年5%といった数値を初期設定として置いているツールが少なくない。過去数十年の平均的な株式市場のリターンを参考にした数字ではあるものの、これから先の数十年も同じ水準が続く保証はどこにもない。50代から資産形成を始める場合、運用期間が20代・30代より短くなる分、利回りのブレが最終的な資産額に与える影響も大きくなる。想定利回りを1%変えるだけで、20年後の試算結果が数百万円単位で変わることも珍しくない。
老後の生活費についても、多くのツールは「夫婦で月26万円」のような総務省の家計調査の平均値を初期値として使っている。持ち家か賃貸か、住宅ローンが残っているか完済しているか、単身か夫婦かで必要な金額はまったく変わってくる。平均値をそのまま自分の数字として使うと、実態とずれた結果を見て安心したり、逆に不安になったりすることになりかねない。
数字を鵜呑みにできない理由
シミュレーション結果に「あと〇〇万円足りません」と表示されると、その数字が一人歩きしやすい。ただ、これらのツールが計算しているのは、あくまで入力した前提条件のもとでの試算にすぎない。
例えば、退職金の有無は結果に大きく影響する。退職金を受け取れる会社員と、フリーランスや自営業で退職金の制度がない人とでは、同じ年齢・同じ貯蓄額でも必要な準備の中身が変わる。企業型DCがある人は、iDeCoと合わせた総額で考える必要があるが、シミュレーションツールによっては企業型DCの入力欄がなく、iDeCoや個人の貯蓄だけで試算してしまうケースもある。
医療費や介護費の想定も、ツールによって扱いが大きく違う。健康なまま老後を過ごせる前提で試算しているものもあれば、平均的な介護費用を加味しているものもある。高額療養費制度による自己負担の上限があることを踏まえずに、想定外に高い医療費を織り込んでいるツールも見かけた。制度を知っているかどうかで、同じ試算結果への向き合い方も変わってくる。
どう使うと役立つのか
ここまで見てきた限界を踏まえると、シミュレーションツールは「正解の数字を出してくれるもの」ではなく、「自分の前提を一度言語化するきっかけ」として使うのが実態に合っていそうだ。
例えば、退職金があり住宅ローンも完済見込みの会社員と、賃貸暮らしで退職金制度がない自営業者では、同じ貯蓄額500万円でも安心できる度合いがまったく違う。前者は生活費の変動が比較的読みやすいのに対し、後者は住居費が生涯にわたって固定費として残り続けるため、より厚めの生活防衛資金が必要になる。
複数のツールで試算してみて、結果にどれくらい幅が出るかを見ておくのも一つの方法だ。1つのツールの数字だけを信じるより、想定利回りや生活費の前提を変えて何パターンか試算し、その幅の中で自分がどのあたりに現実感を持てるかを確認する使い方のほうが、シミュレーションの限界を踏まえた使い方に近いように思う。
ねんきん定期便に記載された年金見込額を確認したうえで、公的年金シミュレーターで将来の受給額を試算し、そこから毎月の生活費を差し引いた不足分を、資産形成のシミュレーションで埋めていく。この順番で3つのツールを組み合わせて使うと、年金・資産形成・生活費という別々の試算がひとつながりの数字として見えてくる。
参考情報
- 日本年金機構
- 日本FP協会
- 総務省