AIに任せて失敗したのは、作業ではなく判断のほうだった

失敗したのは、こまごまとした作業ではなかった

AIを使い始める前に心配していたのは、作業の失敗でした。文章が変になる。リンクが切れる。デザインが崩れる。そういうことが起きるだろうと身構えていました。

実際には、そのあたりはあまり問題になりませんでした。おかしければ見れば分かりますし、直せば済みます。

本当に困ったのは、判断を任せかけたときでした。 しかもこれは、間違いだと気づきにくい種類の失敗です。作業のミスは見れば分かりますが、判断のズレは、一見すると筋が通っているからです。

分析は正しかった。おかしかったのは結論

一番はっきり覚えているのは、ブログの方向性について相談した日のことです。

そのときAIが出してきた現状分析は、私の実感ともよく合っていました。

どれも、間違っているとは思いませんでした。読みながら「たしかにそうだ」と納得していました。

問題は、その次に起きました。

分析からそのまま、「だから方針を変えましょう」という提案に流れていったのです。しかも一度の相談の中で、大きな方向性が三回変わりました。

三回目に「待ってほしい」と言いました。

正直なところ、「またやり直しか」と思いました。ただ、その反面、前より理由がはっきりしていたので、不思議と最初ほど落ち込みませんでした。

何が起きているのか分からずに振り回されるのと、何が起きているのか分かったうえで止めるのとでは、同じ立ち止まるでも意味が違います。このときは後者でした。

なぜ、そうなるのか

後から整理すると、原因ははっきりしていました。AIには、分析と決定の間に置くべき「間」がなかったのです。

人間なら、正しい分析を聞いても、そこですぐ結論には行きません。「この分析は正しいけれど、方針を変えるほどのことか」「変えたとして、これまで積み上げたものはどうなるのか」「そもそも、まだ判断できるだけのデータが揃っているのか」と、間にいくつも問いが入ります。

AIはこの間を飛ばして、分析からまっすぐ結論へ行きます。しかもその結論は、分析が正しいぶんだけ、もっともらしく見えます。 ここが厄介なところでした。

もう一つ気づいたのは、AIは「まだ判断しない」という選択肢を自分からはあまり出さないということです。相談すれば何かしら答えが返ってきます。「今はデータが足りないので、あと三か月見ましょう」という答えは、こちらから聞かないと出てきにくい。

「事実として正しい」と「正直である」は違う

もう一つ、思い返して冷やっとした出来事があります。

収益につながる最短の道を相談したとき、AIから「無料で試せるサービスを自分で申し込んで、その体験を記事にする」という案が出てきました。

理屈は通っています。実際に申し込むのだから嘘ではない。体験したことを書くのだから正直だ、と。

しばらく考えて、私はこれを断りました。断った理由は、うまく言葉にするのに少し時間がかかりました。

やることの動機が、読者のためではなかったからです。

本当に必要だから申し込んで、その結果を正直に書くのなら問題ありません。けれどこの案は、順番が逆でした。記事にするために申し込む。書くために体験を作りに行く。事実としては嘘をついていなくても、そこにあるのは読者ではなく、書き手の都合です。

ここで学んだのは、「事実として正しいこと」と「正直であること」は、同じではないということでした。AIはこの二つを区別しません。事実に反していなければ正直だと整理します。区別するのは、こちら側の仕事でした。

作った歯止め

同じことが起きないように、いくつか決め事を作りました。難しいことはしていません。

1. 分析と提案を分けて出してもらう

「分析結果はこうです」「そこから考えられる選択肢はこれです」「私はこれを推しますが、決めるのはあなたです」という形にしてもらいました。分析がそのまま結論に流れ込まないように、間を作るためです。

2. 変えていいものと、変えてはいけないものを分けて書いておく

方針そのものと、そのための細かいやり方を、別のものとして書き出しました。細かいやり方はどんどん改善してもらってかまいません。方針の方は、簡単には動かさない。この線引きを最初に書いておくと、「これは方針の変更にあたるので、確認が必要です」という止まり方をしてくれるようになりました。

3. 断った案を、理由つきで残しておく

一度断った案は、しばらくすると言い方を変えて戻ってきます。悪気があるわけではなく、前回のやり取りを覚えていないだけです。断った案とその理由を一覧にしておくと、この繰り返しが減りました。

4. 迷ったら止めて聞いてもらう

これが一番効きました。判断に迷う場面で、自分で解釈して先に進まず、こちらに確認してもらう。確認するために止まるコストは、間違った方向に進んだコストより、たいてい安く済みます。

作業と判断の線を、自分で引く

こう書くと、AIを疑ってかかっているように読めるかもしれませんが、そうではありません。作業を任せる範囲は、むしろ広がっています。

変わったのは、線の引き方です。

手を動かす部分、調べる部分、選択肢を並べる部分は任せる。そこから先の「では、どうするか」は自分で決める。この線をはっきりさせてから、やり取りがずいぶん楽になりました。

今の分担を書き出すと、こうなっています。

AIに任せていること 自分で決めていること
調べる、情報を集める 何のためにやるのか
選択肢を並べる どれを選ぶか
それぞれの長所と短所を出す どこまでリスクを取るか
実際に手を動かす やるか、やらないか
書き方や整え方を提案する 何を書かないか

並べてみると、**左側は「材料を用意する仕事」、右側は「材料をどう使うか決める仕事」**です。

境目は「速いか遅いか」ではありません。間違えたときに、誰が困るかで分けています。左側は間違えても直せます。右側を間違えると、直すのに何か月もかかるか、そもそも気づけません。

以前、AIにルールを破られた話を書きましたが、あのときは「守らせるにはどうするか」という話でした。今回はその先で、そもそも何を任せて何を任せないのかという線引きの話です。

まとめ

AIに任せて失敗したのは、作業ではなく判断の部分でした。

AIは、分析も提案も速いです。ただ、その速さは、判断の速さとは別物でした。 ここを混ぜてしまうと、納得しないまま方針が動いていきます。

50代から副業を始めるにあたって、時間は確かに限られています。だからこそ速さは魅力的なのですが、急いで間違った方向に進むのは、いちばん高くつくという当たり前のところに、結局落ち着きました。

結局のところ、私が数か月かけて学んだのは、この一行に収まります。

AIは作業を速くしてくれました。でも方向だけは、自分で決めなければいけませんでした。